2009.02.15
今日は、飛騨高山の郷土のおひなさま「やまだのひなさま」をご紹介します。 市内の山田町というところは、「山田焼」という焼き物もあるように、 農閑期には、焼きものをしているひとがいらっしゃいました。 土もよかったのでしょうか。 そんな方たちの中で、器用な人は、お雛様をつくり、売ってました。 それが、飛騨高山の地のおひなさま「やまだのひなさま」 春先になると、「おね売り」といって、 背中に雛様のはいった荷物をおねた(背負った)人たちが、 「ひなさま、いらんかな?」といって、売りに歩いたらしいのです。 飛騨の人たちは、ひと揃えのお雛様を、一度に買えないので、 今年は、お内裏様、来年は3人官女といって、 少しづつ揃えていったとのことです。 いまでは、 「やまだのひなさま」は、作り手もいなくなって、貴重品。 時代の変化とともに、変わってきています。 少しづつ買い足していったころの「やまだのひなさま」 二人ならんで、すまし顔 官女のしろい顔 五人はやしの笛太鼓 三人仕丁さん 隋臣 どれも買い足したものらしく、びみょうに、風合いがちがいます。 時代も昭和の中ごろになると、 こんな感じ、かわいらしい感じ。 これは、やまだのひなさまつくりを、旦那さんからひきつぎ、 たったひとりで、つくり続けていた、岩さんの奥様の手作品 「やまだのひなさま」をみていると、 飛騨のくらしも、伝わってきます。 おかみでした ブログランキング参加しております。 お気に入りの際はクリックしてください。 ↓ 人気blogランキングへ